AYABE MATCHA GUIDE

AYABE MATCHA GUIDE

一服の抹茶、その土地の物語 〜 京都・綾部 山間の茶畑を訪ねる 〜

第一章|山を越えて、茶畑へ

Chapter 1 | Over the Mountains, to the Tea Fields

大阪から北へ、およそ110キロメートル。

京都府北部に位置する綾部市は、丹波の山々に囲まれた自然豊かな土地です。

Approximately 110 kilometres north of Osaka.

Ayabe City, situated in the northern part of Kyoto Prefecture,

is a region rich in natural beauty, surrounded by the mountains of Tamba.

綾部の位置関係、大阪や京都からJRなどの鉄道が便利です
綾部の位置関係、大阪や京都からJRなどの鉄道が便利です

大阪から車で約3時間。鉄道でも京都を経由して約2時間ほどで訪れることができます。

都市の喧騒を離れ、山々の間を進んでいくと

そこには長い年月をかけて受け継がれてきた茶づくりの風景が広がっています。

It is about a three-hour drive from Osaka. You can also reach it by train via Kyoto in about two hours.

As you leave the hustle and bustle of the city behind and make your way through the mountains,

you will find yourself surrounded by a landscape of tea cultivation that has been passed down through the ages.

今回訪ねたのは、その綾部の山あいにある、櫻井さんの茶畑です。

市街地を離れ、細い山道を車で進みます。

This time, we visited Mr Sakurai’s tea fields, nestled amongst the mountains of Ayabe.

Leaving the town behind, we drove along a narrow mountain road.

山間の道は舗装がされていない山道でした
山間の道は舗装がされていない山道でした
整然と並ぶ茶畑
整然と並ぶ茶畑

木々に囲まれた道を登り、山を越えるようにしてたどり着いた先には

整然と並ぶ茶の木が広がっていました。

茶畑で最初に目を引いたのは、畑の中に立つ大きなファンと、茶の木を覆う黒いネットでした。

この黒いネットは、抹茶用の碾茶(てんちゃ)や玉露を作るときに必要です。

一方、茶の木を覆う黒いネットは、碾茶や玉露をつくるための重要な役割を担っています。

これは「被覆栽培(ひふくさいばい)」と呼ばれる栽培方法で、

収穫前の一定期間、茶葉に当たる日光を遮るものです。

茶葉は日光を浴びることで、旨味成分であるテアニンの一部が

渋味に関わるカテキン類へと変化していきます。

光を遮ることでこの変化を抑え、旨味を豊かにし、渋味を穏やかにする効果が期待できます。

こうしてまろやかな甘みを持った碾茶や玉露が生まれます。

また、遮光によって葉緑素が増え、茶葉の緑色がより濃く鮮やかになります。

櫻井さんのお話では「玉露・碾茶は収穫前の20日間以上を被覆して(日光を遮って)栽培したもの」と決められています。

こうして育てられた茶葉は、収穫後の製造工程によって、

玉露や碾茶へと仕上げられます。そして碾茶を細かく挽いたものが、

私たちの知る抹茶になります。

つまり、茶畑を覆う黒いネットは、抹茶や玉露ならではの色、

香り、旨味を生み出すための、大切な栽培技術なのです。

綾部の冬は寒く、雪が積もることもあります。

特に春、新芽が伸び始める時期には、霜による被害が茶づくりの大きな課題になります。

畑に設置された「防霜ファン」は、地表よりも暖かい上空の空気を送り込み

霜から新芽を守るための設備です。

自然条件にただ従うのではなく、その土地の気候を理解し

技術と経験を重ねながら茶の木を育てていく。

綾部の茶づくりは、こうした生産者たちの日々の営みによって支えられています。

そして、この茶畑には、半世紀以上にわたって育てられてきた茶の木が今も残されています。

‣
🇬🇧 Neatly arranged tea fields

第二章|茶の木と生きる

Chapter 2 | Living with the Tea Plant

櫻井さんが受け継ぐ、綾部の茶づくり

茶畑を案内してくださったのは、生産者の櫻井さんです。

畑には、昭和45年(1970年)頃に植えられた、樹齢50年以上の茶の木が今も残されています。

茶の木は、一度植えられると、何十年にもわたって同じ場所で生き続ける多年生の植物です。

春になると、長い年月をかけて育った枝から、柔らかな新芽が少しずつ伸び始めます。

収穫するのは、その年に新しく芽吹いた若い葉と茎です。

半世紀以上を生きてきた茶の木は、剪定によって樹形を整えられながら、毎年新しい芽を生み出し続けています。

そして、その新芽が収穫され、製茶工程を経て、抹茶の原料となる碾茶や玉露へと姿を変えていきます。

私たちが味わう一杯のお茶には、長い年月を生き続けてきた茶の木と、

その年に芽吹いた新しい葉の両方の時間が重なっています。

‣
🇬🇧 The Art of Tea Cultivation in Ayabe, Carried On by Mr Sakurai

茶の木を育てる技術

良質な茶葉を収穫し続けるためには、日々の管理と、何年も先を見据えた手入れが欠かせません。

櫻井さんは、茶の木の枝を刈り揃える「整枝」や、古い枝を深く切り戻す「剪枝」について説明してくださいました。

茶の木の高さや枝の状態を整えることは、単に収穫をしやすくするためだけではありません。

翌年、どのような新芽を育てるかを考える、大切な作業でもあります。

碾茶の原料には、しっかりと育った新芽を。玉露には、収穫に適した芽を。

つくるお茶の種類によって、茶の木の育て方にも違いが生まれます。

‣
🇬🇧 Techniques for Cultivating Tea Bushes
櫻井さんが手がける茶畑
櫻井さんが手がける茶畑

一年に一度の、一番茶

櫻井さんの茶畑では、主に年に一度、春の一番茶を収穫しています。

茶の木にとって、新芽を摘み取られることは、蓄えてきた養分を使う大きな負担にもなります。

収穫を繰り返し、茶の木が十分に回復できなければ、翌年に良質な新芽を育てることが難しくなります。

そのため、櫻井さんは一番茶の収穫を終えると、茶の木を休ませ、

次の春に向けて力を蓄える時間を大切にしています。

収穫は例年、5月上旬から6月上旬頃。

その後は、枝葉を育て、光合成によって養分を蓄えながら、翌年の新芽を育む準備を進めます。

一年に一度、最も大切な新芽を収穫し、残りの季節は次の一年のために育てる。

それは、目先の収穫量よりも、茶の木の健やかな成長と、お茶の品質を大切にする栽培方法なのです。

‣
🇬🇧 The First Flush of the Year

茶畑を受け継ぐということ

櫻井さんは、約20年前に綾部へ移り住み、茶づくりに携わるようになったと伺いました。

この土地の茶畑は、櫻井さんが最初から育てたものばかりではありません。

以前の生産者が植え、長年手入れを重ねてきた茶の木を、次の担い手が引き継いでいます。

その一方で、農家の高齢化や担い手不足など、茶産地が直面する課題もあります。

茶の木を育てることは、単に作物を生産することではありません。

そこには、土地を守り、先人の仕事を受け継ぎ、次の世代へつないでいくという営みがあります。

半世紀以上前に植えられた茶の木が、今も新しい芽を伸ばしている。

その姿は、綾部の茶づくりが積み重ねてきた時間を、静かに物語っているようでした。

‣
🇬🇧 Inheriting the Tea Fields

第三章|綾部から宇治へ

Chapter 3 | From Ayabe to Uji

茶の歴史と、受け継がれる技術

The History of Tea and the Techniques Passed Down Through the Generations

宇治茶の歴史に残る、丹波・上林郷

京都のお茶と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「宇治茶」ではないでしょうか。

日本を代表する茶の産地として知られる宇治。

その長い歴史をたどると、綾部につながる興味深い物語が見えてきます。

綾部市の上林地域には、かつて上林氏が拠点とした「上林城」がありました。

現地の解説板によれば、上林氏は丹波氷上郡の土豪・赤井氏につながる一族で、

足利尊氏に従って功績を立てた赤井秀家が、初めて上林姓を称したと伝えられています。

上林城跡
上林城跡

天文2年(1533年)の光明寺再建奉加帳には、上林氏一族11名が有力な施主として名を連ねており、この地域で大きな影響力を持っていたことがうかがえます。

しかし、戦乱の時代を経て、一族は各地へと移っていきました。

現地の解説板には、そのうちの一派が宇治で茶業を始め、茶舗上林家として知られるようになったことが記されています。

宇治の老舗茶商「上林春松本店(かんばやししゅんしょうほんてん)」も、こうした上林氏の歴史につながる茶舗です。

上林家は江戸時代、幕府や大名に仕える御茶師として発展し、茶園の管理や製茶、茶の品質を整える仕事など、宇治茶の歴史に重要な役割を果たしました。

明治時代に入ると、幕府の終焉によって御茶師としての役割が失われ、茶商へと事業を転換しながら、その歴史を現在までつないできました。

今日、世界的にも知られる宇治茶。

その歴史を担った一族の足跡が、綾部の山あいに残されているのです。

上林城跡から眺める上林地区
上林城跡から眺める上林地区
‣
🇬🇧 Village in Tamba: A Place Etched in the History of Uji Tea

茶畑から、一杯のお茶になるまで

櫻井さんの茶畑で育てられた茶葉も、収穫された時点で完成するわけではありません。

摘み取られた新芽は製茶工場へ運ばれ、それぞれのお茶に適した工程で加工されます。

抹茶の原料となる碾茶は、蒸した茶葉を揉まずに乾燥させてつくられます。一方、玉露やかぶせ茶は、蒸した茶葉を揉みながら形を整えていきます。

こうして製造された茶葉は、生産者から茶商へと渡り、さらに選別や仕上げ、品質の調整などが行われます。

茶商は、茶葉の特徴を見極め、必要に応じて複数の茶葉を組み合わせる「合組(ごうぐみ)」という技術によって、味や香りを整えます。

櫻井さんのお話からは、茶づくりが生産者だけで完結するものではなく、茶商との長年の信頼関係によって支えられていることが伝わってきました。

茶畑で育てる人と、その茶葉の価値を見極め、商品として届ける人。

それぞれの技術と経験が重なって、一杯のお茶が生まれるのです。

‣
🇬🇧 From the Tea Fields to a Cup of Tea

全国に認められる、綾部の茶づくり

綾部は、全国的な茶の品評会でも高い評価を受けている産地です。

特に、収穫前に茶葉を一定期間覆って育てる「かぶせ茶」の分野では、優れた実績を重ねています。

2024年の第78回全国茶品評会では、綾部市がかぶせ茶部門の産地賞第1位を獲得しました。

2025年の第79回全国茶品評会でも、綾部市の生産者がかぶせ茶部門で農林水産大臣賞を受賞し、綾部市は産地賞第2位に選ばれています。

2026年につきましても、第80回全国茶品評会におきまして、綾部市は「かぶせ茶の部」におきまして産地賞を獲得。

個人の部においても綾部市の茶生産者の方が「かぶせ茶の部」にて農林水産大臣賞を受賞されています。

こうした評価は、茶の品質を高めるために、生産者たちが長年積み重ねてきた技術と努力を示しています。

宇治茶という名前の陰に隠れがちな綾部ですが、そこには全国に誇ることのできる茶づくりの技術が息づいています。

‣
🇬🇧 Ayabe’s Tea Production: Recognised Nationwide

土地から人へ、受け継がれる茶の文化

かつて丹波・上林郷から宇治へ渡り、茶の歴史を担った人々。

そして現在、綾部の山あいで茶の木を育て、次の世代へと茶畑をつなごうとする生産者たち。

時代も仕事の形も異なりますが、そこには茶を通じて土地と人をつなぐ営みがあります。

私たちが何気なく口にする一杯のお茶にも、育てる人、仕上げる人、届ける人、それぞれの時間と技術が重なっています。

綾部の茶畑を訪ねることは、宇治茶の歴史を別の角度から見つめ直す旅でもありました。

‣
🇬🇧 From the Land to the People: The Inherited Culture of Tea

第四章|茶畑でいただく一服

Chapter 4 | A Cup of Tea in the Tea Fields

土地と人を味わう、綾部の抹茶

Ayabe Matcha: Savouring the Land and Its People

茶畑のそばで、抹茶を点てる

櫻井さんに案内していただいた茶畑を歩き終えると、畑のすぐそばに用意された小さなテーブルへと向かいました。

そこには、茶碗や茶筅、そして鮮やかな緑色の抹茶が並べられていました。

櫻井さんが、自ら育てた茶葉からつくられた碾茶を挽いた抹茶を

その場で点ててくださるのです。

野点:櫻井さんの抹茶を、畑のすぐ横でいただく
野点:櫻井さんの抹茶を、畑のすぐ横でいただく

最初に、茶碗に入れた抹茶へ少量のお湯を注ぎ、丁寧に混ぜ合わせていきます。

深い緑色のなめらかな状態になったところへ、さらにお湯を加え、茶筅を動かしていきます。

やがて茶碗の表面には、きめ細かな泡が広がりました。

目の前にある茶畑から生まれた抹茶を、その茶畑を眺めながらいただく。

普段、街の茶店で抹茶を飲むときとは、少し違う時間が流れていました。

少量のお湯で濃茶を点てる
少量のお湯で濃茶を点てる
‣
🇬🇧 Preparing Matcha by the Tea Fields
その後に薄茶を点てる
その後に薄茶を点てる

一服の抹茶に重なる、長い時間

茶碗を手に取り、ゆっくりと口に含みます。

すっきりとした、清々しい味わい。

しかし、この日、特に心に残ったのは、その味だけではありませんでした。

春先の霜から新芽を守る防霜ファン。

収穫前に日光を遮り、茶葉の旨味を育てる黒いネット。

半世紀以上も同じ土地に根を張り、毎年新しい芽を生み出す茶の木。

そして、一年に一度の収穫を大切にしながら、その木々を育て続ける櫻井さん。

茶畑で見て、聞いて、知ったことが、一服の抹茶を通じて思い起こされます。

一服の抹茶ができるまでには、私たちが普段目にすることのない

多くの時間と手間が積み重ねられているのです。

‣
🇬🇧 A single cup of matcha, layered with the passage of time

土地を知ることで、味わいは変わる

綾部の茶づくりには、土地の自然だけでなく、長い歴史も息づいています。

かつてこの地域を拠点とした上林氏の一派は、宇治へ移り、茶業を発展させていきました。

そして現在も、綾部の生産者たちは、それぞれの技術と経験によって良質なお茶を育てています。

一服の抹茶の背景には、土地の風土があり、人の営みがあり、受け継がれてきた文化があります。

それらを知らずにいただく抹茶と、実際にその土地を訪れ、生産者の話を聞いたあとにいただく抹茶。

同じ抹茶であっても、その一服から感じ取れるものは、きっと違うはずです。

‣
🇬🇧 Understanding the Land Changes the Flavour

一服の抹茶から、土地の物語へ

茶畑を訪ね、茶の木に触れ、生産者の言葉に耳を傾ける。

そして、その土地で育まれた抹茶をいただく。

それは、単に抹茶を味わうだけではなく、その土地に流れる時間を体験することでもあります。

綾部の山あいでいただいた一服は、抹茶という身近な存在の奥に、豊かな自然と人々の営みがあることを教えてくれました。

一服の抹茶から、その土地の物語が始まる。

綾部の茶畑で過ごした時間は、そんなことを感じさせてくれるものでした。

‣
🇬🇧 From a Cup of Matcha to the Story of the Land
櫻井さんと茶畑
櫻井さんと茶畑

エピローグ

Epilogue

綾部の地に息づくもの

大阪の喧騒を離れ、列車に揺られること、およそ3時間。

綾部の地に足を踏み入れると、そこには都市の日常とは異なる、穏やかな時間が流れています。

山々に囲まれた風景の中に身を置くと、かつて自然と向き合いながら暮らしてきた人々の声や、その営みが、今も聞こえてくるような気がします。

しかし、それは決して過去の風景ではありません。

半世紀以上にわたって育てられてきた茶の木に、毎年新しい芽が生まれるように、この土地では今も、人々が自然と向き合い、日々の仕事を重ねています。

特別なこととして語るのではなく、当たり前の営みとして、静かに、そして着実に。

その積み重ねが、土地の文化を育み、次の世代へと受け継がれていくのでしょう。

綾部の茶畑でいただいた一服の抹茶は、そんな人々の暮らしと、土地に流れる長い時間を感じさせてくれました。

What Lives On in Ayabe

Leaving the hustle and bustle of Osaka behind, the train journey takes roughly three hours.

As you set foot in Ayabe, you find a gentle rhythm of life that is quite different from everyday city life.

Surrounded by mountains, one feels as though one can still hear the voices and daily activities of the people who once lived in harmony with nature.

Yet this is by no means merely a scene from the past.

Just as new buds emerge each year from the tea bushes that have been nurtured for over half a century, the people of this land continue to live in harmony with nature and carry on with their daily work.

Not as something extraordinary, but as a matter of course—quietly and steadily.

It is this accumulation of daily life that nurtures the culture of the land and is passed down to the next generation.

A cup of matcha I enjoyed in the tea fields of Ayabe allowed me to sense the lives of these people and the long passage of time that flows through this land.

土地に刻まれた記憶を辿る

土地に刻まれた記憶を辿り、今を生きる文化に出会う。

綾部の茶畑で出会った風景や人々の営み。その土地には、まだ多くの物語が息づいています。

TERRA TRACE — 土地の記憶を辿る旅へ。

EXPLORE MORE

TERRA TRACE|土地の記憶を辿る

土地と人、文化をつなぐ旅のガイド / A travel guide connecting land, people and culture

→ TERRA TRACEへ

黒谷和紙|綾部に受け継がれる手仕事

同じ綾部の地で、自然と向き合いながら受け継がれてきた、もう一つの伝統文化

Another traditional culture that has been passed down through the generations in Ayabe, whilst living in harmony with nature

→ 黒谷和紙の物語へ / KUROTANI WASHI STORY